中学2年生になったぴーたんのクラスには、実はもう一人、起立性調節障害の子がいました。
そのことを知ったのは、中学2年生になって最初の保護者会でした。
同じクラスに、同じ悩みを抱える子がいた
クラス会の中で、たまたま近くに座った保護者同士でグループになり、
自己紹介をしたり、それぞれの子どものことを話したりする時間がありました。
そこで一緒になったのが、Mさんでした。
Mさんのお子さんは、中学1年生の頃からなかなか学校へ行くことができなかったそうです。
先生からクラスの子どもたちにも、
「Mは起立性調節障害で、
なかなか学校に来られないことがあるけれど、
みんなでフォローしてあげてほしい」
ということを伝えていて、最初から状況をオープンにしていました。
Mさん自身も、その日のグループトークの中で
「起立性調節障害」という言葉を隠すことなく、
ごく自然に話していました。
その言葉を聞いたとき、
「同じなんだ」
と思いました。
周りに伝えること、伝えないこと
その頃、私は、
ぴーたんの状況については先生方や仲のいいお友達には伝えていましたが、
クラス全体には公表していませんでした。
毎日のように遅刻してきたり、
ときには学校に来なかったりするぴーたんを見て、
「どうしていつも遅れてくるんだろう?」
「どうして学校に来ないんだろう?」
と疑問に思っていたクラスメイトもいたと思います。
同じ起立性調節障害でも、
周囲への伝え方はそれぞれでした。
何が正解なのかは、今でもわかりません。
本人の気持ちもあるし、
それぞれの家庭によって考え方も違います。
ただそのときの私にとって、
同じような状況にいる子のお母さんと出会えたことは、
とても心強いことでした。
その日の保護者会で、Mさんと連絡先を交換しました。
再会から始まった、心強いつながり
とはいえ、
その後すぐに頻繁に連絡を取り合うようになったわけではありません。
しばらく時間が経ち、
2学期の保護者会で再会したことをきっかけに、
私たちは少しずつ仲良くなっていきました。
お互いの子どもの様子を話したり、情報交換をしたり。
Mさんから栄養についての本を紹介してもらったこともありました。
二人でランチに行くようになると、
話すことはいつしか子どもたちのことだけではなくなっていました。
自分たちのこと。
これまでのこと。
これからのこと。
同じような経験をしているからこそ、
すべてを説明しなくてもわかってもらえることがありました。
先が見えず、
どうしたらいいのかわからない毎日の中で、
そんな人に出会えた私はラッキーだったな、と今でも思います。
振り返れば、私を支えてくれる人がいた
そして振り返ってみると、
あの頃の私を支えてくれていたのは
Mさんだけではありませんでした。
ぴーたんには少し歳の離れた兄がいます。
その兄が小さい頃から付き合いのある近所のママ友とは、
定期的に会っていろいろな話をしていました。
ぴーたんのことも、生まれた頃から知っています。
だからこそ、
学校へ行けなくなったぴーたんのことを、
本当に親身になって心配してくれました。
何か特別な答えをもらったわけではなくても、
話を聞いてもらえること。
いつもと変わらず会って話せること。
それだけでも、
当時の私にとっては大きな支えになっていたように思います。
「ぴーたんのお母さん」ではない時間
そしてちょうどこの頃、
私はセッションについての勉強を始めました。
カウンセリングやコーチングのような、
人と向き合うための学びを、1年間続けることになります。
オンラインだけではなく、
実際に集まって受ける講義もありました。
そこへ出かければ、
一緒に学ぶ仲間たちがいる。
もちろん、
ぴーたんのことが頭から消えるわけではありません。
家に帰れば、
また「明日は学校へ行けるかな」という日常があります。
それでも、
その場所にいる時間だけは、
ぴーたんのこととは少し離れた世界にいることができました。
自分が興味を持ったことを学ぶ。
人に会う。
自分自身のことを話す。
今振り返ると、
そんな時間を持てたことは、
私にとってとても大きかったのだと思います。
子どものことで頭がいっぱいになっていた私が、
ほんの少し「母親という役割」から離れて、
一人の自分に戻れる時間でもありました。
そして、学びや仲間との時間だけでなく、
自分自身を見失わずにいられるよう支えてくれる存在にも恵まれていました。
いろいろな人とのつながりに支えられながら、
私自身も少しずつ、
自分の内側へと目を向けるようになっていったのだと思います。
先が見えなくても、ひとりではなかった
あの頃は、
ぴーたんがこの先どうなっていくのか、
まったくわかりませんでした。
いつ普通に学校へ行けるようになるのか。
そもそも、以前のように通える日は来るのか。
私自身も、これからどうしていけばいいのか。
先の見えない中を、手探りで進んでいました。
それでも振り返ってみると、
不思議なくらい、必要なときに人とのつながりがありました。
同じ悩みを抱え、気持ちを分かち合える人。
昔から私たち家族を知り、変わらずそばにいてくれる人。
子どものこととは違う世界で出会い、一緒に学ぶ仲間たち。
そして、そっと私自身を支えてくれる存在。
あの頃の私は、決してひとりぼっちではありませんでした。
誰かと話すこと。
誰かと笑うこと。
自分のために学ぶ時間を持つこと。
そんな一つひとつが、
知らないうちに、
自分が自分でいられるための「よりどころ」になっていたのだと思います。
ぴーたんのことで先が見えなくなっていたあの時間の中で、
私自身の世界も、少しずつ広がっていました。
そして私は私で、
自分自身へとつながっていく道を、
少しずつ歩き始めていたのかもしれません。
そのときの私はまだ、
それがこの先の自分につながっていくことなど、
まったくわかっていなかったのですが。


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