学校へいけた、その先で

未分類

ぴーたんが遅れて学校へ行く生活が続く中で、私たちも少しずつ、この生活なりのペースをつかめるようになっていました。

朝から学校へ行くことは難しくても、体調に合わせて、行ける時間から学校へ行く。

そんな日々を重ねながら、私もどこかで「このまま少しずつ進んでいければ大丈夫」と思っていたのかもしれません。

少しずつつかめてきた、私たちなりのペース

中学1年生の頃から仲がよく、
中学2年生でも同じクラスになったお友達もいました。

学校へ行けない日には、
気分転換にぴーたんと二人で出かけることもありました。

小さい頃からずっと続けていたダンスは、
土曜日の夕方だったこともあり、
変わらず楽しく通うことができていました。

私自身も、
ぴーたんが参加できないときでも学校の行事に足を運び、
文化祭では保護者のお手伝いに参加したりしていました。

もちろん、以前のような生活に戻ったわけではありません。

毎朝「今日は行けるかな」と
ぴーたんの様子を見ながら過ごす日々は続いていました。

それでも、
何となく私たちなりのペースができてきて、
表面上は大きな問題もなく、日々が過ぎているように見えていました。

私もどこかで、

朝からは行けないけれど、それ以外は何とか大丈夫

そう思っていたのかもしれません。

「不登校」と捉えることへの抵抗

当時の私は、
ぴーたんの状態を「不登校」と捉えることに、
どこか抵抗がありました。

学校に行けないという状態には、
本当にいろいろなことが複雑に絡み合っていると思っていたからです。

病気や体調の問題で行けないこともあれば、
人間関係、勉強、成績、部活動など、
思春期の子どもたちにとっては、
どこに小さなきっかけがあってもおかしくありません。

ぴーたんの場合は、
起立性調節障害がありました。

だから私はどこかで、

「ぴーたんは学校に行きたくないわけじゃない」

「本当は行きたいけれど、体調が悪くて朝から行けないだけ」

そんなふうに思っていました。

病気があって朝から学校へ行けなくても、
それ以外の部分は何とか大丈夫。

そう思うことで、
私自身も希望をつないでいたのかもしれません。

学校にいない時間にも、日常は動いていた

私にとっても、
中学1年生の頃から仲が良かったそのお友達が同じクラスにいてくれることは、
どこか安心材料になっていたように思います。

けれど、ぴーたんが学校に行けない時間にも、
学校の日常は当たり前に流れていました。

その関係性は、少しずつ変わっていたのです。

そのお友達は、
部活が一緒の別のお友達のグループで過ごすことが増え、
ぴーたんとは少しずつ距離ができていきました。

もちろん、その子にはその子の学校生活があります。

毎日学校へ行き、
その中で新しいつながりができたり、
一緒に過ごす人が変わっていったりすることは、
ごく自然なことだったのかもしれません。

誰が悪いわけでもありません。

それでも、
ぴーたんにとっても、私にとっても、
その変化は寂しく、ショックなことでした。

学校に行けない時間が増えていく。

その間にも、
クラスの中の関係は少しずつ変わっていく。

そして、遅れて学校へ行くことができても、
以前と同じようにその中へ戻ることが難しくなっていく。

最初はほんの小さなズレだったものが、
いろいろなことと重なりながら、
少しずつ歯車をずらしていったのかもしれません。

忘れられない、10月の夜

そんな日々を過ごしていた、
中学2年生の10月のはじめ。

今でも忘れられない夜があります。

その日、
ぴーたんと何かの話をしていたときのことでした。

どんな話からその言葉になったのか、
細かなことはもう覚えていません。

でも、ぴーたんがふと口にした言葉だけは、
今でもはっきり覚えています。

「学校で、休み時間とかも……

私ひとりなんだよね……」

その言葉を聞いた瞬間、
ハッとしました。

まるで雷が落ちたような衝撃でした。

「ひとりなんだ……」

私は、そのことを知らなかったのです。

「ひとり」という言葉の奥にあったもの

もちろん、
ぴーたんに友達がまったくいなかったわけではありません。

他のクラスには友達もいましたし、
今のクラスにも声をかけてくれる子はいました。

それでも、休み時間になったとき、
自然に一緒にいられる人がいること。

何も考えず、
その輪の中にいられること。

そんな自分の「居場所」のようなものを、
ぴーたんは感じにくくなっていたのかもしれません。

最初は、
体調が悪くて学校へ行けないということから
始まったのだと思います。

行きたいのに、朝起きられない。

頭が痛い。

身体がつらくて、学校へ行けない。

けれど、その状態が長く続くうちに、
学校へ行けないことだけではなく、

その先にあるものまで少しずつ変わっていった。

クラスの様子。

友達との関係。

学校での居場所。

そして、ぴーたん自身の気持ち。

私はそのことを、
あの一言を聞くまで、
本当の意味ではわかっていなかったのだと思います。

私には見えていなかった、ぴーたんの時間

学校へ行けないぴーたんのことを、
私はずっと見ていたつもりでした。

毎日体調を気にして、
行ける日は車で学校へ送り、定期的に病院にも通う。

学校へ行けない日には、
一緒に出かけることもありました。

その日の体調や様子を見ながら、
私は私なりに、
ずっとぴーたんに寄り添っているつもりでした。

だから、ぴーたんのことをわかっているつもりだったのかもしれません。

でも、学校へ行けたその先で、
ぴーたんがどんな時間を過ごしていたのか。

遅れて教室へ入ったとき、
どんな気持ちだったのか。

休み時間をどう過ごしていたのか。

そこまでは、私には見えていませんでした。

「今日は学校へ行けた」

「今日は何時間目から行けた」

そんな目に見えることに安心して、
その奥にあるぴーたんの気持ちまでは、
見えていなかったのかもしれません。

そして私自身も、

「体調が戻れば、きっと大丈夫」

「それ以外のところは、まだ大丈夫」

そう思いたかったのだと思います。

あの夜、ひとりで泣いた

「私ひとりなんだよね……」

その一言を口にするまでに、
ぴーたんの中にはどれだけの時間があったのだろう。

どんな気持ちで遅れて学校へ行き、
教室の扉を開けていたのだろう。

どんな気持ちで休み時間を過ごしていたのだろう。

そう考えたら、
胸がいっぱいになりました。

ぴーたんの前では、泣きませんでした。

でも、一人になったとき、涙が止まりませんでした。

悲しかった。

「そんな思いをしていたんだ」
そう思うと、苦しかった。

毎日そばにいて、
ずっとぴーたんのことを考えていたのに。

それでも私には、
見えていないものがたくさんあったのだと思いました。

今でも、あの夜のことを思い出すと胸がいっぱいになります。

あの一言には、
それまで私が見えていなかったぴーたんの時間や気持ちが、
あまりにもたくさん詰まっていたように思います。

「学校で、休み時間とかも……私ひとりなんだよね……」

あの夜、私は初めて、

学校へ「行けるか、行けないか」のその先にある、
ぴーたんの心に触れたような気がしました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました